大河ドラマ2020 麒麟がくる・キャスト

【麒麟がくるキャスト】斎藤高政(伊藤英明)はなぜ父・道三と戦うことになったのか

2020年4月5日

麒麟がくるでは、明智光秀の幼なじみで、同じ主(あるじ)である斎藤道三に仕えている斎藤高政。

斎藤高政は美濃の守護代・斎藤道三の嫡男です。

文武両道でカリスマ性を備え、家を継ぐ者として相応しい人物だったとされています。

しかし、長良川の戦いで父である道三を討ち、「父親殺しの高政」として世に名をはせます。

なぜこのようなことを高政が引き起こしたのか、また出自や経歴を紹介しながら、ドラマでの今後の展開を考察していきます。

【麒麟がくる】斎藤高政を演じるのは伊藤英明さん!

沢山の有名作品に出演し、知名度も高く、実力もある伊藤英明さんが今回、斎藤高政を演じます。

簡単なプロフィールと出演作品、伊藤さんがインタビューを受けた『麒麟がくる』撮影にあたっての意気込みなどを紹介していきます。

伊藤英明さんは1975年生まれの岐阜県出身です。

趣味は麻雀、バイク、乗馬、バスケットボールといった趣味を持っています。

主な出演作品は、

✅映画「海猿」シリーズ
✅「252 生存者あり」
✅「悪の教典」
✅「22年目の告白-私が殺人犯です-」
✅ドラマ「救命救急病棟24時」
✅「ダブルス~二人の刑事」
✅「僕のヤバイ妻」
✅「病室で念仏を唱えないでください」
✅大河ドラマでは「利家とまつ~加賀百万石物語~」

となっています。

これらの作品では、素晴らしい主演や脇役を演じています。

伊藤さんは、岐阜出身ということもあり、岐阜出身の戦国大名である斎藤道三や戦国の三英傑といった有名武将が好きでした。

しかし、今回役を演じる斎藤高政は『父親殺し』というイメージが先走ってしまい、あまり好きではなかったようです。

しかし、高政ゆかりの岐阜城や菩提寺である常在寺を訪れたり、高政に関連する本を読んでいくうちに、高政に対するイメージが変わったそうです。

高政は武芸に優れ、カリスマ性を兼ね備えていましたが、道三を射ち殺したのち、病にかかり、34歳という若さでこの世を去ります。

伊藤さんは高政の生涯に対し、関心が深まり、高政をより知りたい!と思ったそうです。

父である道三や幼馴染の光秀、高政をりようしようとしている土岐頼芸との会話の中で、高政の繊細な心の動きを、撮影を通して日々実感しているそうです。

伊藤さん演じる高政が、ドラマ内でどういう心境をスクリーンに映していくのかとても楽しみです。

斎藤高政はどんな人物?明智光秀と幼なじみ?

1527年、斎藤高政は美濃国守護代・斎藤道三の嫡男として誕生します。

高政は道三の側室・深芳野を母に持ちます。

母・深芳野は道三の側室になる前、じつは土岐頼芸の妾でした。

このことに対し、高政は「自分は道三の子ではなく、土岐頼芸の子ではないか」と疑問を持ち始めるのです。

しかし、当時としては側室という身分は珍しいものではなく、側室としての役割は子をより多く授かり、家を繁栄させるという事や、政治的交渉人・仲介人としての役割も担っていたと考えられています。

ただ単に主人に寵愛を受けるだけではなかったのです。

そう考えてみると、側室も立派な身分であったと考察できます。

しかし、ドラマ内の高政は、「自分は正室の子ではない、もしかしたら土岐頼芸との子ではないのか」などと自分の出自について悲観的で、すこしばかり孤独を感じているように描かれています。

そんな高政には唯一、自分の気持ちをぶつける事ができる相手こそが、光秀なのです。

光秀同様、幼少期について詳しく書かれた資料はなく、光秀と共に幼少期を過ごしたのかは不明ですが、ドラマ内では、斎藤家の菩提寺である常在寺で幼い頃に文武を学んでいたと描かれています。

幼い頃から共に過ごしていたので人格の形成過程で光秀とともに過ごしていたことはとても影響が大きいように思われます。

その後、高政は光秀と共に、父・道三に仕えます。

しかし、高政は道三の強引なやり方に不満を持ち始めます。

道三は美濃の国衆の意向を汲まず、独裁を振るっていたことや、尾張・織田家と和議を結び、帰蝶を嫁に出し、織田へ歩み寄ること高政は危機感を持ちます。

高政は国衆たちと手を組み、道三に対して反発する勢力を仲間として取り込み始めます。

一方で光秀は、美濃を強くし、平和をもたらしたいという道三の思いを知っているため、道三に従い、仕官します。

この頃から高政と光秀の思いは交差し始めたのです。

麒麟がくるで斎藤高政と道三との対決はどう描かれるのか考察してみた

斎藤高政の後半生や高政と道三が対決した「長良川の戦い」についての紹介を踏まえながら、大河ドラマ『麒麟がくる』での長良川の戦いの描かれ方を考察していきます。

先ほども述べたように、高政は道三の政策に反対していたことが伺えます。

高政の主張としては、美濃の国衆と手を取り合い、美濃を治めていくことを第一にしました。

道三は家臣や国衆たちの意見を取り入れず、道三に反対する家臣や国衆を力で抑え、美濃を支配していました。

家臣や国衆たちは道三のやり方に仕方なく従っていましたが、やはり不満は多々ありました。

そこで高政は、道三に反対する家臣や国衆たちと結びつきを強め、道三に対抗する勢力を形成していきました。

美濃は尾張・織田とは何度も戦をしていて、美濃にとっては大打撃でした。

一方の織田は熱田の港など栄えている市を持っていたため、財力は豊富であったため、織田にとっては大打撃ではなかったようです。

ただ、尾張は東に今川、西には斎藤がおり敵に囲まれている状態でした。

1548年、斎藤道三は尾張・織田が支配していた大柿城を攻め、織田信秀(信長の父)は大柿城奪還のため出兵しましたが、織田家のお家問題が勃発し、引き上げざるを得ませんでした。

その後、道三は大柿城を取り込むことに成功しました。

しかし信秀は守護代・織田彦五郎が反抗する事態になってしまい、周りは敵だらけになってしまいます。

そこで信秀は今川義元と織田彦五郎を倒すため、道三と和議を結び、味方にすることでこの二つの勢力を倒そうと考えたのです。

和議を結ぶにあたり、強固となる証として、信秀は道三の娘・帰蝶を織田家嫡男・信長の正室として受け入れたいと条件を出してきました。

道三としては、尾張の国力の源(みなもと)として『海』に目をつけたのです。

美濃は海がなく、田畑を耕さなければ財を手に入れることはできませんでした。

一方、尾張の場合、海に面していて、港を抱えていたため、交易が多く、美濃よりも国力は高かったと推測できます。

道三は尾張の海を利用して、美濃の国力を上げるため、海を欲しがっていました。

つまり、この織田と斎藤の和議は価値があると道三は見出したのです。

しかし、高政はこの和議に対して、反対します。

なぜかというと、尾張とは何回も刃を交わした相手であり、信用がなく、和議を結ぶということは美濃と尾張との境界が緩くなり、もし、織田が斎藤を裏切った時の対策のしようがないと考えていたのです。

このことがきっかけとなり、道三のやり方に対し、さらに反発するようになるのです。

そして1554年、道三は隠居し、家督が高政に譲られます。

これで高政の天下と思われますが、隠居した道三は実質的な権力を持ち続けていました。

さらに高政を追い詰める事が起こります。

道三は正室との子である次男の孫四郎をとても可愛がっていました。

それは道三と距離を置いていた高政にも分かるくらい激愛していたのです。

このことに対し高政は、自分を廃嫡し、孫四郎に家督を譲らせるのではと危機感を持つようになりました。

斎藤家家臣たちや国衆たちは、高政につくか、道三につくか戦況を伺っていたことでしょう。

『道三につけばいままでと変わらない。しかし高政につけば、家臣たちや国衆の意見を取り入れた合議制の政(まつりごと)が行われ、新しい美濃に生まれ変わる』と家臣や国衆たちは思ったのです。

これを予期していた高政は道三に反対する家臣や国衆と団結し、道三を打倒すべく、長良川の戦いに挑んだのです。

対する道三は、家臣や国衆たちは道三側につかなかったため、わずかな手勢で高政の軍勢と対決することとなったのです。

道三は力でねじ伏せ、政を行っていたため、道三に反発する敵が多かったのです。

因果応報とはどうやら道三のことを指すような気がします…。

結果、高政の兵は17万、道三の兵は2500と圧倒的な手勢に追い込まれ、道三は討ち死してしまいました。

この時、道三は同盟を結んでいた信長に援軍の要請をし、高政軍と衝突する場面もありましたが、結果、道三は討ち死してしまったため、信長は引き返しました。

ドラマでの描かれ方の考察ですが、やはり道三との政治的対立、廃嫡を予期したことがきっかけに高政は道三を倒すことを計画していくのではと考えられます。

また、土岐頼芸は、高政が自分の出生に疑問に抱いているところに漬け込み、高政の母・深芳野と頼芸は昔、愛人関係にあったため、高政は道三との子ではないのではと、高政の考えを誘導し、高政を混乱させる場面がありました。

道三と敵対関係にあった土岐頼芸が高政を裏で操り、高政が父親殺しを決行させた、というシーンが今後あってもおかしくはないでしょう。

また、高政と光秀は幼なじみで、お互いの意見を言い合える仲でした。

しかし、高政の考えと光秀の考えが対立し、衝突する場面もドラマ内ではいくつかありました。

史実によると、長良川の戦いで、光秀は道三側につき、高政とは敵対します。

いつから、何がきかっけで高政と光秀が対立していくのかにも注目してみても良いようです。

まとめ

文武に優れ、カリスマ性を兼ね備えていた斎藤高政ですが、自分の出自に対して疑念をもち、道三への接し方に困惑していたところを土岐頼芸に突かれ、父を敵としてみるようになってしまします。

しかし、高政は自分の信じる道を歩んだだけだったのかもしれません。

「父親殺し」のレッテルを貼られてしまった高政ですが、調べれば調べるほど、高政という人物がいかに優れていたのかが分かります。

今後、ドラマ内での高政の展開に期待してしまいます。

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